2006年09月13日

赤ちゃんとの別れまで:その4

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ずっと胸焼けのようなつわりが続く。
8週目に入った時に、助産所 「わ」を初めて受診。
車を1時間ほど運転して、住宅地の中にある「わ」へ行った。
迎えてくれたのは、助産師の芝田さん。
とっても優しそうで、すんなりなじめるお人柄だった。



まずはお腹の上からのエコーを診てもらう。
胎嚢(袋)は見えるのだけど、どうしても赤ちゃんが見えない。
芝田さんは
「お腹の上からでは見えにくいからね〜」
といいながら、一生懸命角度を変えて見てくださった。
お腹の上からのエコーでは、おしっこをいっぱいにしておいた方が
見えやすいのだけど、私の膀胱はからっぽ。
そこで一旦エコーを中止して、お茶を出していただいて、
飲みながら問診。
最終月経や、既往歴、飲んでいる薬のことについて等きかれる。
私たちの結婚年数を聞いて、「よかったね〜」と喜んで
くださって、こちらも素直に嬉しかった。

芝田さんは、自分がお産をしてからお産は素敵なことだと思って、
助産師の資格を取られたそうだ。
「お産は病気じゃないからね。昔からちゃんと産めるように
 なってるのよ」と
言われる言葉は、助産所を初めて300例以上を取り上げた
助産師さんだからこその説得力のある言葉だなあと感動。
もちろん、私も最初からそう思って助産所を選んだのだけど、
実際に医療介入がなくても自然に産まれてくる赤ちゃんが
たくさんいる、という事実が力強かった。

とても素敵な助産師さんで、この方ならずっとお任せできるな〜と
確信を持った。

そして、再度エコーに挑戦。
でもやっぱり赤ちゃんは見えず、心拍も確認できず。
胎嚢も週数よりはちょっと小さいかなあということだった。
でも、初期の間は排卵のずれだけでも週数が大きく変わるから、
大丈夫よ、と励ましてくださったんだけど。
それに、一旦婦人科で心拍を確認されていたので、心拍確認すれば
最初の大きな危機は乗り越えているよ、と言われた。
そして子宮後屈だとさらに見えにくいらしい・・。

私は、エコーで赤ちゃんが確認できなかった時点で、ちょっと
不安を抱いていた。
上に書いたように、いろいろと希望の種はあるけれど、
でも8週で赤ちゃんが見えないのはちょっとどうかな・・・と。

私が不安そうな顔をしていたのだろうか・・、芝田さんが
「心配なら、今まで診てもらった婦人科に行ってもう一度
 経膣エコーで診てもらったら?その方が安心でしょ」
って提案してくれる。
お盆も控えていたし、ずっと心配のまま過ごすのもいやだったので、
早速翌日に受診しようと決めた。

結局は芝田さんとは、このとき限りの出逢いとなってしまったのだけど、
すごく素敵な方だったし、勉強させてもらった。
また縁があったらいいなあと、今でも思っている。



この日、私はやっぱり落ち込んでいた。
赤ちゃんが見えないという不安。
多分、ダメなんじゃないか・・・という予感。
あふれ出す不安をおっとにぶちまけて、泣いてしまった。

そして、この日よく話し合った。

赤ちゃんが来てくれる意味、もしこのままあの世に帰っちゃた
としても、それには必ず意味がある、ということ。
でも、でもやっぱりすごく悲しいね、ということ。
もっともっと、これまでに喜んであげたら良かったのに、
不安の方が先に来て、どうしても喜べなかったことへの反省も。
だからこそ、元気に育ってくれたらいっぱいいっぱい喜びながら
過ごしていこうとも、話した。

二人で、赤ちゃんへの思いをしっかり確認しあった。

そして、どうして二人とも素直に喜べなかったのか、これは
二人が抱えているかげりにつながるのじゃないだろうか、と
思って、信頼するスピリチュアルカウンセラーに相談することにした。
どうしても、不安に押しつぶれそうになる私が、連絡したくなったのだ。
とても楽になるような気がした。
そして、このことが後の流産を乗り越える大きな糧となる。

次回へ続く。


posted by chika at 18:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 妊娠〜流産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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