2005年11月21日

小さな演奏会

今日はホスピスでバイオリンの演奏会があるということだったので、
誘っていただき行ってきた。

最近できたホスピス。
初めて足を踏み入れる。
全く病院ではないみたいだ。
木の温もりや太陽の暖かみを感じる作り。
ちょっとしたホテルのようだ。
とても安らかで温かな気持ちになれる。

小さなホールで演奏会が始まった。
音大生だけあって、うまい!
とてもきれいな音色が部屋中に広がっていく。
クラシックはもちろん、童謡や演歌も演奏された。
知っている曲になると、患者さんも口ずさむ。
曲と曲の間に「ありがとう!」という患者さんもいた。

そう、ここにいる患者さんは末期の患者さんばかり。
もう余命少ないと決まっている人たちだ。
話によると、在日日数が30日。ほぼ1ヶ月。
1ヶ月でほとんどの人がこの世を去っていくと言うことだ。
厳しい現実に立ち向かっている患者さん達だ。

もちろん、その病院と同じで患者さん達にも悲壮感は漂って
いなかった。
でも…。
私は複雑な気持ちだった。
死を前に「これが最後に聞く音楽かもしれない」なんて心穏やかに
人はいれるものなのだろうか。
やはり人は希望を持っていないと明るく生きられないのではないだろうか。
「また次の演奏会も聞けるかもしれない」
そう思ってしまうものではないだろうか。
その希望とホスピスはとても矛盾していると思う。

余命心安らかに生きる…ためには何らかの希望が必要だ。
それは宗教でも神でも、未来でも、あの世でもなにか心を預けるものが
あってこその様な気がする。
そのホスピスの詳しいことは分からないが、
ただ、延命治療はぜず、ひたすら痛みを取り続けてゆっくりと
死へと向かって欲しいというだけの医療では患者も家族も心から
満足することはないのではないだろうか。

とても難しい問題だと思う。

ただ最低限、人が死ぬと言うことはどういうことなのか、
死んだらどうなるのか、という死への恐怖心を除いてあげて欲しい。
それがいろんなイベントで取り除かれるものなのか。
少しでも楽しい時間を過ごして…というのももちろん大切だ。
しかし、やはり大きな恐怖はぬぐえない。
人は、今の体を去っても必ず生き続ける。
死は終わりではなく新しい世界への旅立ちなのだ、と
皆が思えるようになったら、きっとホスピスなど必要なくなるのだ。

今の医療にはそういう事をしる機会はない。
もっと、人全体を捉えてこの世を過ごせるような統合医療が
必要だと思う。

今日は、いろんな事を考えさせられた一日だった。



posted by chika at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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