2005年09月14日

ネイティブアメリカン

今日の夜、テレビの番組で窪塚洋介君がアリゾナ(ナバホ居留区)の
ネイティブアメリカンを訪ねる旅をしていた。
ネイティブアメリカンがどのような生活をしているのか
一緒に生活をしたり、いろんな場所を巡っていた。
自分を聖なるものとする儀式を受けたりしていた。

ネイティブアメリカンの人たちはとても精神性が高いと思う。
自然と共生して生きている。
母なる大地と父なる空という言葉に自然への敬意が表れていた。
素晴らしい生き方だと思う。
そのナバホでも、その伝統が受け継がれなくなってきていると言っていた。
今はそういう世の中なのか…

日本ももちろん同じである。
昔はネイティブアメリカンと同じように精神性の高い生活をしていたはず。
八百万の神と、全てに神を見て、あがめた。
神社はとても場の良いところに残っている。
そういう感性をもっていたはずなのに、どんどんその感覚は
薄れていっている。
時代の流れといえばそれで終わるのかもしれないが、
今こそ、そんな感性が必要なのではないだろうか。

人は生かされている。
全てに魂はあり、助けられ守られて生きているのだという謙虚な想い。

その想いが全体に伝われば、もう一度素晴らしい世界がやってくるのでは
ないだろうか。


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2005年08月25日

越智啓子Dr.

昨日(25日)、書いて投稿するのを忘れていたっ。
もう台風も落ち着いたようですが、そのまま投稿します。


昨日の「台風」のコメントで、紹介した越智啓子先生
沖縄で精神科医をされている。
過去生療法、アロマセラピー、クリスタルヒーリングなどなどを
取り入れたカウンセリングでたくさんの人を癒されている。
診察の予約はいっぱいで、予約の日の電話は、全くつながらない。
(行くことになっている人は繋がるようになっているらしいけど)
著書を全部読んだが、明るく天真爛漫な女性のようだ。

切った張った、ガン細胞はただただ抗ガン剤でたたく…
なんていう西洋医学が発展している中で、
こんな医療をされているドクターは本当に素晴らしいと思う。
それぞれが抱えている問題は、この診断にはこの薬というような
医学では治せないから。
人はエネルギーなのだ。
それぞれに微妙に違って当たり前。
(もちろん西洋医学の長所もあります。救急とかね)

この世の中にそういう医学が当たり前になる時期が来ることを
願っている。

夜中に台風が日本上陸しそうだ。
越智先生の著書からの言葉を。(勝手に載せます。ごめんなさい)

「最近、世界中で台風、地震、津波、洪水など、次々に災害が起きていますが、これも地球が意志を持っているから、単なる物体でなはなく意識とエネルギーを持って生きていることから起きていると考えられるのではないでしょうか。神のバツではなく、これも地球の創造の一つ、表現ではないでしょうか?」
 
人生の創造より)
 

台風に近いところの皆さん、地球も頑張ってます。
戸締まりをきちっとして、外には出ないように、準備をして下さいね。
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2005年08月10日

病気

私はアトピー性皮膚炎で、結構辛い思いもしている。
命に関わったり、障害の出る病気ではないかもしれないけど、
本人にとっては辛い。
まず、痒み。
きーーーーーってなるくらいに痒い。
自分ではどうしようもないからさらに辛い。
掻くと悪化して、さらにひどくなる悪循環へと入っていく。
そして痒みのせいでの不眠。
ひどい時は、夜ほとんど眠れなくなって、鬱になった。
そして、不快感もある。
汗かくのにも覚悟がいる。
水を扱うのが苦痛だ。
そして、見た目もひどい。
おしゃれもしたいけど、見せられない部分がたくさんある。
化粧も出来ない。
お風呂上がりには1時間かけて薬を塗ったり、皮膚のケアをする。
疲れた〜って布団に横になることも出来ない。

いろんな制限を受けている、と思う。
なんて、辛い状況にいるんだと悲劇のヒロインにもなれる。
でも、必要だからおきているんだと思う。
なにか気付かなければいけないことがあるんだ。
そこに気付くと楽に、幸せになるよ、というシグナルが病気だと
思う。
それは、生活習慣だったり、心の癖だったり、
心身共に原因がどこかにあるのだろう。

以前紹介した致知という雑誌に連載されている
「ありがとうおじさんの人生問答」というコーナーがある。
このありがとうおじさんは滋賀の山奥で、名前や顔を一切公表せず、
ひたすら「ありがとうございます」の感謝行を続けているひと。

このおじさんが病気について答えていた。
「病気も幸せへの道」

病気は決して悪いことではありません。
一人ひとりが幸せへと歩む道は違うのです。

病気をすることによって、謙虚になって健康への感謝が
深くなる人がいるでしょう。
それぞれが必要な勉強材料を与え続けてもらって、幸せを大きくしている
過程なのです。
〜省略〜
 
神様がその人に一番必要な勉強材料を与えて幸せを大きくしようと、
一所懸命になってくれているのです。もしその病気が必要なかったら、
神様は一瞬で病気を消してしまうこともできます。
そしたらまた別な勉強材料を代わりに与えてくれるでしょう。
 
神様がその人に必要なものを与え続けてくださっているのだから、
「ありがとうございます」と感謝して眺めているのがいいのです。
 
そうすると病気の人も早く大きな幸せを掴んでいけます。だから
病気で苦しんでいるのではなく、勉強です。
 
だから「ありがとうございます」といって喜んでいるのがいいのです。
 
目の弱い人や見えない人も同じです。目がよく見えて、人の欠点を
しっかり見つめたら、苦しみが大きくなりますからね。そういう時は
ちょっとぼんやりと見えるようにしてくれます。
 
それでまたいいものを一杯受けてプラスに見るなら、その時は心の目で
見えるようにしてくれます。プラスが一杯見えるように。
 
肉眼で見ることはたいしたことありません。
心の目でしっかりと神様からのプレゼントを一杯発見するのがいいでしょう。
心の目をしっかり開くということが大事なことなのです。


アトピーを与えてくれてありがとうございます。
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2005年06月22日

マントラ

今日もまたあやしい話になるかな…ふらふら

今日のヨガ教室でマントラの話を聞いた。
マントラは日本語では「真言」といい、字のごとく「真のことを言う」意味である。
宇宙の真理を知るための音の響き、一種の波動ともいえるだろうか。

今日取り上げるのはAUMだ。
そう、「オウム」と読める。
「オウム真理教」の名前の元はここから来ているはずだ。
あの新興宗教のせいで、オウムという言葉がとてもあやしいものや怖いものと
感じられるようになってしまった。
しかし、元はマントラ、「真言」である。
ヨガの先生はビッグバンで地球ができ人類が生まれてきたときの、
塵の渦の流れの中の音がAUMだったといっていた。
「オーム」ということもできるが、
今やっているヨガの中では「あうん」といっている。
(いいながら呼吸する、という方法)

一息の中で「あ〜〜う〜〜ん〜〜」という。
「あ〜」はのどの奥で「う〜」は口の中で「ん〜」は鼻に抜けるように
響かせることがコツだそうだ。
体の中に響かせることで、宇宙(真理)とつながりやすくなると言うことだと思う。

AUM(おーむ)     ヒンドゥー教
AUMEN(あーめん)  キリスト教
NAUM(なーむ)    仏教
AUMIN(あーみん)  イスラム教

このように大きな宗教4つにAUMの響きが使われているのだ。
(今日一番感心したこと)
元々宗教って、一つの大きな真理をそれぞれの人が
いろんな方法で説いたものなんだろう。
だから宗教を作った人たちそれぞれが、AUMの響きが真理の一つだと
気付いたということがわかる。

宗教は伝え続けられる間に、それぞれの都合で解釈され、
違うようになってきてしまい、戦争が起こったりしてるけど、
元の真理(神)は一つだと私は思う。
それがAUMに表れているようだ。

もちろんマントラはAUMだけではない。
サンスクリット語でもたくさんある。
もちろん、「南無妙法蓮華経」などなどもマントラになるはず。
そして、前に言った「ありがとうございます」っていうのもきっとマントラの一種だ。
だって、これ唱えてたら幸せになれるんだもん。

今日は、マントラ 「真言」について考えてみた。
みんな怪しいものだって決めつけずに、偏見を捨ててみてください。
幸せになれる一つの方法論だと思うよ。揺れるハート
posted by chika at 21:08| Comment(2) | TrackBack(2) | スピリチュアル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月16日

すべてはうまくいっている

先日、ドキュメンタリー番組をやっていた。
その番組に出てくる、ある男性の話。
ある企業(車関係だったと思う)に勤めていた彼は、ある日、
取引先の倒産の責任を取って、会社を辞めることになる。
彼の管理責任を問われたからだ。
かなり厳しい処分だ。
そのときは、本当に理不尽に思い落ち込んだそうだ。
しかし、彼はそれをきっかけに「自分ができることは何か?」と
自分に問いかける。
そこで自分にはギターがある!と思った。
ずっとギターが好きで趣味でずっと続けていた。
それから、彼はギタリストとして生きていこうと決める。
ボサノヴァ奏者として、いろんなところに出かけて演奏をしていた。
もちろん、収入は激減。
でも、テレビに映っていた彼はとてもいきいきしていた。
かっこいい中年のおじさまだった。
とても魅力的に見えた。

この番組を見ながら「すべてはうまくいっている」という言葉を
思い出した。
人生の中で、辛いこと、理不尽なこと、自分では避けられない悲しみが起こることがある。
でもそれは、じつは次のステップへ進むためのチャンスだ。
そのときは辛いことも本当は、その人のためにうまくいっていることがあるということだ。
神様が、「ここで、こうでもしないとこの人は先に進めないな」と思うと、悲しい出来事として
チャンスを与えてくれることもあるのだ。

テレビの中の男性も言っていた。
「ふつうは、あの状況で『なぜ?』と思うのが普通でも、今考えれば、あれが神様が与えたチャンスだった」と。

みなさんも辛いことを経験したときには「すべてはうまくいっている」と思って、どうか前向きに過ごして欲しい。
きっと新しい、本当の自分が待っている。

最後にヘレンケラーの言葉を。
 
「幸福の扉」の一つがじられる時は、別の「幸福の扉」が開きます。
 けれど、私たちは閉じた方ばかりを眺めていて、こちらに向かって開かれているもう一つの扉に気づかないことが多いのです。                                                             
posted by chika at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | スピリチュアル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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